翌朝。2時くらいから5時前まで寝ていたのか、その間も夢ではそのニュースや過去の記憶を生きていた。寝ているというより仮に寝ている、感情は寝ていてもより研ぎ澄まされている。ネットストーカー対策でFacebookのアカウントを変えたが以前のメッセージのやり取りは残っていたと、ふと思い出し探り見つかった。茨城でともに半同棲をしていた時に私が他の女性とも関係を持っていたことを知っていなくなってからのやり取りが残っていた。その後であった男性とできちゃった婚をしたこと、その後私との子供を身ごもったこと、そして早期流産したこと。短文で味気のない私の返しが、当時境界性人格障害の女性にこりごりになっていた際にやや警戒しながら返事をしていたことは言い訳に過ぎないが、冷淡に感じて涙ぐんだ。空は冬のようで雲の隙間からすんだ空気のなか朝日が光を刺す。荒川や江戸川を渡るときに感情の抜け目が連動しているようだった。旦那の話では鉾田市大竹の海岸に埋めて、血痕が残っていた車は成田湯川駅から近い外小代公園だったという。近いうちに行かないといけないと強く感じている。どうしても思い出すとまだ生きている。私の中ではまだ笑っていて、声も聞こえる。あの笑顔を抱きしめたくなる。髪の毛の触感もある。色にあふれている世界から、色彩と影が失われていく。乗っていた車両の窓がUVカット仕様だったかとも思い、扉の窓ガラス越しにもみたが、変わらず無光沢の黒ずんだ雲だった。